BOOK LOG DIARY

~成長とは気付きにより思考が変わり、行動が変わり、結果が変わることである~

★★★愛するということ(原題:THE ART OF LOVING) エーリッヒ・フロム

f:id:akinaritodoroki:20200922071920j:plain

目次

はじめに

第一章 愛は技術か

第二章 愛の理論

 1 愛、それは人間の実存の問題にたいする答え

 2 親子の愛

 3 愛の対象

   a 友愛

   b 母性愛

   c 恋愛

   d 自己愛

   e 神への愛

第三章 愛と現代西洋社会におけるその崩壊

第四章 愛の習練

 

気付き

(1)愛とは能動的な活動であり、決意であり決断であり約束である

愛の習練にあたって欠かせない姿勢は、能動性である。その要素とは、配慮、責任、尊重、知である。能動とはたんに「何かをする」ことではなく、内的能動、つまり自分の力を生産的に用いることである。誰かを愛するというのは、たんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である。もし愛がたんなる感情にすぎないとしたら、「あなたを永遠に愛します」という約束にはなんの根拠もないことになる。感情は突然生まれ、また消えていく。もし自分の行為が決意と決断にもとづいていなかったら、私の愛は永遠だ、などとどうして言い切れるだろうか。愛とは、特定の人間にたいする関係ではない。愛のひとつの「対象」にたいしてではなく、世界全体にたいして人がどうかかわるかを決定する態度であり、性格の方向性のことである。人は意識のうえでは愛されないことを恐れているが、ほんとうは無意識のなかで、愛することを恐れているのだ。人を愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に全身を委ねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛せない。

(2)愛とは与えることであり、もらうことではない

非生産的な性格の人は、与えることは貧しくなることだと感じている。いっぽう、与えることは犠牲を払うことだから美徳である、と考えている人もいる。彼らにとっては、喜びを味わうよりも剥奪に耐えるほうがよいという意味なのだ。生産的な性格の人にとって与えることは、自分のもてる力のもっとも高度な表現である。与えるというまさにその行為を通じて、私は自分のもてる力と豊かさを実感する。貧しい人のほうが裕福な人よりも気前よく与える。とはいえ、貧困もある限度を超えると、与えることができない。貧困は人を卑屈にするが、それは貧困生活がつらいからではなく、与える喜びが奪われるからである。しかし、与えるという行為のもっとも重要な部分は、物質の世界ではなく、ひときわ人間的な領域にある。それは自分のいちばん大切なもの、自分の生命だ。自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分の中に息づいているものすべてを与えるのだ。愛とは愛を生む力であり、愛せなければ愛を生むことはできない。

(3)母親の愛

母親に愛されるというこの経験は受動的だ。愛されるためにしなければなれないことは何もない。母の愛は無条件だ。8歳半から10歳くらいの年齢に達するまで、子どもにとって大事なのはもっぱら愛されること、つまりありのままの自分を愛されることだけだ。この年齢までの子どもは愛されれば喜んで反応するが、まだ自分からは愛さない。思春期にさしかかると、子どもは自己中心主義を克服する。幼稚な愛は「愛されているから愛する」という原則にしたがう。未成熟な愛は「あなたが必要だから、あなたを愛する」と言い、成熟した愛は「あなたを愛しているから、あなたが必要だ」と言う。友愛や恋愛は対等な者どうしの間が、母と子の関係はその本質からして、一方がひたすら助けを求め、一方がひたすら与えるという不平等な関係である。しかし、母性愛の真価が問われるのは、幼児にたいする愛においてではなく、成長をとげた子どもにたいする愛においてである。母性愛の本質は子どもの成長を気づかうことであり、これはつまり子どもが自分から離れていくことを望むということだ。ここに恋愛との根本的なちがいがある。恋愛では、離ればなれであったふたつがひとつになる。母性愛では、一体だったふたりが離ればなれになる。母親は子どもの巣立ちを耐え忍ぶだけでなく、それを望み、後押ししなければならない。この段階にいたってはじめて、母性愛はたいへんな難行となる。つまり、徹底した利他主義、すなわちすべてを与え、愛する者の幸福以外何も望まない能力が求められる。

 

名言Select

人間を人間とみなし、世界にたいする人間の関係を人間的な関係とみなせば、愛は愛としか、信頼は信頼としか交換できない。その他も同様だ。芸術を楽しみたければ、芸術について学んだ人間でなければならない。人びとに影響をおよぼしたいと思うなら、実際に他の人びとをほんとうに刺激し、影響を与えられるような人間でなければならない。人間や自然にたいする君のかかわり方はすべて、自分の意志の対象にとってふさわしい、君の現実の、個人としての生の明確な表出でなければならない。もし人を愛しても、その人の心に愛が生まれなかったとしたら、つまり自分の愛が愛を生まないようなものだったら、また愛する者としての生の表出によっても、愛される人間になれなかったとしたら、その愛は無力であり不幸である(マルクス

 

感想

名著中の名著です。とにかく素晴らしかったです。「愛とは能動的な活動であり、努力が必要である」と気付いただけで一生分の価値があります。