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~成長とは気付きにより思考が変わり、行動が変わり、結果が変わることである~

★★★DEATH 「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 シェリー・ケーガン

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目次

第1講 「死」について考える

第2講 死の本質

第3講 当事者意識と孤独感-死を巡る2つの主張

第4講 死はなぜ悪いのか

第5講 不死ー可能だとしたら、あなたは「不死」を手に入れたいか?

第6講 死が教える「人生の価値」の測り方

第7講 私たちが死ぬまでに考えておくべき、「死」にまつわる6つの問題

第8講 死に直面しながら生きる

第9講 自殺

死についての最終講義 これからを生きる君たちへ

 

気付き

(1)自分という存在がなくなることが悪いこと?

非存在は機会を奪うから悪い(剥奪説)。あることが悪いと判断されるパターンは3つあり、①絶対的で、確固としていて、本質的な意味で何かが悪いこと。痛みなど。②多くのことは間接的に悪い。それ自体は悪くなくても、それが引き起こすことや、招く結果のせいで悪い。たとえば職を失うこと。③もう一つは、相対的に悪い場合。機会費用とも呼ばれる。自分が何かを得ているせいで、手に入れそこなっているものがあるために、現に手に入れているものが悪くなりうる。なぜ死は悪いのか?なぜなら死んでしまったら存在しなくなるからだ。そして、存在しなければ人生における良いことの数々が味わえなくなるからだ。

(2)人生の良し悪しは何によって決まるのか?

もし良い人生の本質、境遇の良し悪しの本質についての問題を解き明かしていきたければ、注目すべきなのは間接的に良いものと悪いものではなく、本質的に良いものと悪いものだ。一つ自然に思いつくのは快感で、それ自体を得ることに価値がある。同じように痛みはそれ自体が避けるに値するという主張も妥当だと思われる。あるものが間接的な価値と本質的な価値を併せ持つこともある。たとえば私はコンロでやけどをすると、痛い思いをするので、これ以上やけどをしないように注意する。つまりこの場合は、たとえ痛みが本質的に悪いものであっても、間接的には良いものだ(今後痛い思いをするのを防いでくれる)。ただ、細かいことは置いておいて、快感を足し合わせ、痛みを足し合わせ、快感の総計が痛みの総計を凌ぐかどうかを見る。両者の合計がプラス側に傾くほど、人生は良くなるという見方はある。

(3)死に直面しながら生きる

 原理上は結局、どんな事実の組み合わせに対しても、否定する、対応する、無視するの三つの異なる反応がある。死を思うべきときと、思うべかざるときはどんなときだろうか。恐れが適切であるためには三つの条件が満たされなければならない。①恐れの対象が悪いものであること、②それが起こる無視できない可能性があること、③だが、それが起こるかどうか確かでないことだ。その悪いことがどういうものかを完全に承知しており、それが起こることにも確信があったなら、恐れるのは理にかなわない。

 

感想

とにかく長い本でした(それでも日本語版はかなりカットされているようです)。答えをポンと出してくれるわけではなく(出せる訳でもないですが)、考える筋道を一緒に歩めるような構造なので、哲学を学ぶのにもとても良い本なのではないかと思いました。